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名古屋簡易裁判所 平成4年(ハ)978号 判決

原告

水谷邦彦

被告

三洋証券株式会社

右代表者代表取締役

土屋陽一

右訴訟代理人弁護士

増澤博和

平野雅幸

吉村正貴

菊島敏子

主文

一  被告は、原告に対し、金二九万九八五二円及びこれに対する平成二年二月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実および理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、金三七万四八一五円及びこれに対する平成二年二月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事件の概要

一当事者間に争いのない事実

1  被告は、有価証券の売買等の媒介、取次ぎ及び代理等を目的とする株式会社である。

2  原告は訴外宗教法人東雲寺(以下これを「訴外寺」という。)の総代をつとめる者である。

3  原告は、訴外寺の創建五〇〇年遠忌を目的とした建物修理、境内整備のため檀信徒から集めた浄財の運用を任され、昭和六三年一一月頃から被告会社名古屋支店(以下これを「被告」という。)との間に訴外寺名義で取引を開始した。

原告は、被告の従業員中村正隆(以下これを「中村」という。)から平成二年二月一三日富士火災海上保険のワラント二単位の購入を勧められ、被告を介して、訴外寺のため右ワラント(価格金四五万二〇〇〇円―以下これを「本件ワラント」という。)を購入した。

4  平成二年四月下旬頃、被告は、訴外寺に対し、全国証券取引所協議会及び社団法人日本証券業協会作成の国内ワラント取引説明書とワラント取引に関する確認書を郵送し、訴外寺より確認する旨の回答を受けた。

5  平成三年四月もしくは五月頃、被告は、訴外寺に対し、再度右ワラント取引説明書を郵送した。

6  平成三年一二月二日、原告は、被告の従業員大友から本件ワラントが値下がりし、上昇の見込みがない旨の連絡を受け、被告を介してこれを金七万七一八五円の価格で売却した。

その結果、訴外寺は購入価格からの差引金三七万四八一五円の損害が発生した。

二争点

(原告の主張)

中村は、取引開始に当たり、原告が訴外寺の浄財の余資を一時的に運用しており、それが元本保証に限定して運用し、危険な商品の取引をしないことを聞知してそれを充分認識しながら、ワラントの意味をよく理解できない原告に対し、その危険性を秘して、本件ワラント購入を強引に勧誘し、「絶対確実に儲かる。」などと申し述べ、原告を騙して訴外寺のため本件ワラントの売買を行ったものである。

右行為の結果、訴外寺に対し損害が発生したものであり、これは被告の専らの利益を得るための違法な取引であり、被告は、訴外寺の被告に対する損害賠償請求権の譲渡を受けた原告に対し、右不法行為に基づく損害を賠償する責任がある。

(被告の主張)

中村は、本件ワラントの売買取引をするに際し、訴外寺のため原告に対し本件ワラントがハイリスク、ハイリターンなる商品であるという趣旨の説明をなしており、更に訴外寺に対し、説明用のパンフレットを郵送して取引の性質、仕組み、危険性等を告知しており、原告もその説明を理解して自らの判断で訴外寺のため本件ワラント取引を行ったものである。従って、被告は、原告に対し、本件ワラントについて説明義務を尽くしており、損害賠償責任はない。

第三争点に対する判断

一本件ワラント取引契約の経緯などについて

〈書証番号略〉、原告本人、証人中村正隆の各供述並びに弁論の全趣旨によって認められる事実と争いのない事実を総合すれば、本件ワラント取引の経過概要は次のとおりである。(原告本人、証人中村の供述のうち、以下の認定に沿わない部分は採用しない。)

1  原告は、宅地建物取引業者として不動産売買の業務に従事している者であるが、昭和四六年頃から訴外寺の檀家総代として財務担当をしている。被告とは本件ワラントなどの取引以前から個人的に株式等の売買の取引を行っていたところ、たまたま昭和六一年一月頃から訴外寺の檀家から集めた訴外寺の創建五〇〇年遠忌の浄財の一部余裕金を原告が運用することになり、昭和六三年一一月頃、訴外寺名義で右浄財を資金として被告と取引を開始するようになった。当初、原告は、一か年余りは金貯蓄、割引債、投資信託等の確定利回り商品(但し、投資信託は確定利回り商品とは必ずしもいえない。)に限って被告との間に取引をしていた。これは、原告から被告の営業担当である中村に対し、寺の浄財資金を運用しているので安全性のある商品に投資するということを言い伝えてあり、又中村もそれを知りながら商品取引をしていた。

2  平成元年一二月一一日、原告は、中村から電話で長谷工コーポのワラントが儲かるから買ったらどうかという勧誘がなされ、原告は、その言を信用して、訴外寺のため右ワラント二単位計金四八万円位で買い入れた。その際、原告はワラントについての知識は全くなく、又中村からもワラントの性格・その内容等について何の説明を受けていなかった。

3  平成二年二月一三日、中村から長谷工コーポのワラントを売却して富士火災海上保険のワラントを購入すれば儲かる旨勧誘され、原告は訴外寺のために本件ワラントを金四五万二〇〇〇円で購入をした。

その際も中村からワラントについての説明を何ら受けなかった。

この時、原告は、右長谷工コーポワラント売却により約八〇〇〇円余りの利潤を生み出している。

4  ワラントとは、企業が発行した新株引受権付き社債から分離した新株引受権部分のみの証券を言い、一定期間内に一定金額を払い込むことによって新株を取得できる権利を表章した証券である。企業は、その発行前に投資者が新株を引き受けるために払い込むべき発行価額を定めるが、株価が上昇していて新株引受権を行使することにより割安に新株が所得できる場合であれば、投資者は新株引受権を行使して割安なコストで新株を取得する機会を得るものの、株価が下落して新株引受権を行使して新株を取得するコストが割高になれば、投資者は新株引受権を放棄せざるを得ないこともある。こうしたワラントは、理論上時々の株価から新株引受価額を差し引いた金額の価値を有するが、投下資本が株式の売買の場合より著しく少なくてすみ、株式以上に価額変動率が大きくなる傾向があることから、少額の資本を投下することにより株式を売買した場合と同様の投資効果を上げることも可能であるが、その反面、値下がりも激しく、場合によっては投資金額全額を失うこともある。即ち、先述したように行使期間があるので、その期間が過ぎると、権利が全くなくなり、その証券が「完全な紙屑」同然のものになってしまうといういわゆるハイリスクを伴う性格のものである。

5  株価は、バブル経済破綻により平成元年末をピークに下がりだし、平成二年初め頃には更に下降気味状態になっていた。被告は、本件ワラント購入の約二か月後の平成二年四月二七日頃、訴外寺に対し、国内ワラント取引説明書及び右取引に関する確認書(〈書証番号略〉)を郵送し、訴外寺の代表役員佐藤良泰名義の署名捺印のある確認書を取得した。ところが、訴外寺から原告に対し、この書面の郵送を受けたこと及びその内容を知らされなかった。

6  平成三年五月頃、被告は、再度右説明書(〈書証番号略〉)及び確認書を訴外寺に郵送し、これは原告のもとに回送された。この時初めて原告はこの内容を確認し、その直後被告の太田営業部長と面談し、「ワラントが自分の考えていた商品とは全く違い、中村から儲かる話だけ聞かされていたので、話が違うから元値で買い戻してくれないか。」と要求した。しかし、右部長からこれを拒否された。この時右部長からは行使期間がまだ三年近くあり、約一年位で値が戻るからそれまで待っていてはどうかと忠告され、原告はその言葉を信じて、そのまま退出した。この際、原告は、右部長から右時点で本件ワラントの価格が約一六万円位に下落していることを確認している。

7  平成三年一一月頃、中村の後任社員大友から電話連絡で、本件ワラントが更に値下がりし、一単位四万円位の価格になり、将来も回復する見込みがないと言われ、同年一一月二七日頃やむなく原告は本件ワラントを金七万七一八五円の価格で売却した。

8  原告は、本件ワラントの売却代金を訴外寺に支払い、訴外寺に対し損害金とその利息分として平成三年一二月二六日、同年一月二二日の二回に分けて合計金五〇万円を支払って弁償し、その損害を填補した。(〈書証番号略〉)更に訴外寺は、被告に対し、平成四年六月一八日に同月一七日付けの確定日付けのある書面をもって、右補填した損害金の賠償請求債権を原告に譲渡する旨通知した。(〈書証番号略〉)

二被告の説明義務違反について

1 証券会社は、顧客に対し、ハイリスク・ハイリターンの性格を持つワラントを勧誘して取引を行い、その結果、当初の見込みが外れて損失を被らせた場合においても、証券会社が一律にその損失の賠償義務を負うとすることができないことはいうまでもない。なぜなら、ワラントと連動する株価の価値は予期し得ない政治、経済の状況の変化等により急激な変動をするものであるし、その取引をするか否かの最終的決定権は顧客にあるからである。しかしながら、証券会社は、市場に取り巻く政治、経済状況はもとより各会社の財務状況等の分析について豊富な経験、情報、高度な専門的知識を有しており、それがために一般の顧客は、証券会社の推奨にはそれなりの合理的理由が存在するものと信頼して投資決定するものであるし、証券会社は、右信頼を獲得しているからこそ、その営業活動が拡大できるのである。そこで右顧客の信頼は十分保護に値するものというべく、証券会社が顧客に対し、証券取引特にリスクの高い本件ワラントのようなものの取引を勧誘をするにあっては、勧誘員の顧客に対する商品の説明に充分な配慮が必要であり、顧客もその説明を十分理解したうえで取引決定をなすべきものである。

2 しかしながら、中村は、原告が訴外寺の浄財の余裕金を運用していること、このことから原告が取引当初から絶対安全利回りの商品を目的として取引をするようになったことを知っており、これらの事情を知悉している中村としては本件のようなハイリスク・ハイリターンの性格、内容をもったワラントを本来勧誘すべきものではなく、勧誘するとしても、取引当初からワラントについて十分な説明をなし、それについて十分理解をさせたうえで取引を開始すべきものである。

しかるに、中村はかかる充分な説明を尽すということはしておらずかかる注意義務に違反しており、中村の雇主である被告としては少なくともかかる過失責任を免れることはできない。

従って、被告の右行為は、不法行為を構成すると認めるべきであり、被告は、原告に対し、損害賠償責任がある。

三損害の発生及び因果関係

中村は、原告に対し、前記説明義務を尽くしておれば、原告は本件ワラントがハイリスクの性格をもっていることをあらかじめ知ることができ、そうすれば、原告は、本件ワラント取引契約も結ぶことはせず、訴外寺のため本件買付金を支払うこともなかったものと考えられる。従って被告の右義務違反と原告の本件ワラント買付金相当額の損害を受けたことは相当因果関係があると認められる。

四過失相殺

原告は、宅地建物取引業者として不動産取引関係には多数関与しており又訴外寺の檀信徒総代として訴外寺の財務担当などに携わり、檀信徒一同からの信望も厚い地位にある。しかも、原告は、被告との間で、以前から個人的に証券取引に関与しており、証券取引にある程度精通している者と認められる。であるならばワラントについて自ら調査するなり、少なくとも本件ワラント契約締結の際、中村に対し、ワラントについて尋ねることは容易なことであり、又期待できるものであった。

しかるに、原告は、ワラントなるものが社債程度のものと軽信し、中村にこれを尋ねるなり、その調査などをするという注意義務を怠った。本件ワラント取引契約は、被告の前記義務違反と原告の右過失とが重なってなされたものと認められる。

双方の過失を対比すると、原告の損害額から二割を減額するのが相当である。

従って、被告の原告に対し賠償すべき損害額は、本件ワラント買付け価格金三七万四八一五円の八割である金二九万九八五二円となる。

第四結論

以上によれば、被告が原告に賠償すべき損害額金二九万九八五二円とこれに対する不法行為の日から支払ずみまで年五分の割合の遅延損害金の支払を求める原告の請求は理由がある。

(裁判官清水一郎)

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